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福岡地方裁判所 昭和63年(わ)1188号 判決 1989年7月03日

本籍

佐賀県唐津市大石町二四五五番地

住居

福岡市南区寺塚二丁目二六番一号

会社役員

久保田康三

昭和一二年八月四日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官名仁出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年一〇月及び罰金一億六〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金四〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大阪府高槻市南芥川町二丁目一二番等において歯科医業を営むとともに株式取引を行っていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、歯科医業による収入の一部を除外し、あるいは借名の株式取引口座を設定して株式取引をする等の方法により所得を秘匿した上、

第一  昭和五九年分の実際総所得金額が八億三三二七万八五一五円あったのにかかわらず、昭和六〇年三月一五日、大阪府茨木市上中条一丁目九番二一号所在の所轄茨木税務署において、同税務署長に対し、昭和五九年分の総所得金額が六四〇万五〇四三円で、これに対する所得税額はすでに源泉徴収された税額を控除すると五五万九八三九円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書(平成元年押第六〇号の一)を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額五億七〇八九万五六〇〇円と右申告税額との差額五億七一四五万五四〇〇円を免れ

第二  昭和六一年分の実際総所得金額が五億一三一六万九八二九円あったのにかかわらず、昭和六二年三月一六日、福岡県福岡市早良区百道一丁目五番二二号所在の所轄西福岡税務署において、同税務署長に対し、昭和六一年分の総所得金額が一〇七五万八七一三円で、これに対する所得税額はすでに源泉徴収された税額を控除すると七八万七〇八八円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書(平成元年押第六〇号の二)を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額三億四五六八万一二〇〇円と右申告税額との差額三億四六四六万八二〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全事実について

一  第一回公判調書中の被告人の供述部分

一  被告人の検察官に対する供述調書一四通

一  浦城廣之、川西守、杉浦康浩、古賀久仁彦、久保田浩子の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料

一  国税査察官作成の査察官報告書

判示第一の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(検三号)

一  押収してある昭和五九年分の所得税の確定申告書一綴(平成元年押第六〇号の一)

判示第二の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(検二号)

一  押収してある昭和六一年分の所得税の確定申告書一綴(平成元年押第六〇号の二)

(法令の適用)

判示各所為 所得税法二三八条一項、二項(懲役と罰金を併科)

併合罪の処理 懲役刑につき刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第一の罪の刑に加重)

労役場留置 刑法一八条

(量刑の理由)

一  本件は、歯科医院を開業するとともに株式取引をも行なっていた被告人が、歯科診療や株式取引から得た昭和五九年分と昭和六一年分の各所得の申告に当たり、合計一三億二九〇〇万円余りの所得を秘匿し、合計九億一七〇〇万円余りの所得税を免れたものであって、秘匿所得額及び逋脱税額とも最近における個人の所得税法違反事件の中では最も多額なものの一つであり、逋脱率も一〇〇パーセントを超えるなど、その犯情は極めて悪質にして、被告人の刑事責任はまことに重大である。

その犯行の動機は、歯科診療による所得については、他の大多数の歯科医師が自由診療報酬の除外という方法で脱税をしていることから、自分だけが収入を正直に申告するのは馬鹿らしいことであるとか、株式取引による所得については、妻や子供に少しでも多くの資産を残すため収入を秘匿しようといった私利私欲に基づくものであり、逋脱にかかる利益の殆どは、株式の信用取引の保証金に充当したほか、不動産の取得費や生活費等に充てていたものであって、何ら酌むべきところはない。

その手口も、前者では、歯科医院開業の昭和四三年ころから同医院休業の昭和五九年九月ころまでの間、領収書の交付を要求しない自由診療患者からの収入分を除外して申告し、後者では、法定の課税要件である「年間五〇回以上かつ二〇万株以上の取引をした場合」、「年間一銘柄につき二〇万株以上の売却をした場合」に該当するのを回避するため、証券会社一一社に三五口の本名、家族名及び借名名義による取引口座を設けて株式取引を行なったものであり、いずれも所得を秘匿して犯行の発覚を免れ、常習的に犯行を繰り返すのに有効かつ巧妙な手段方法であって、極めて悪質といわなければならない。

二  かかる諸点に鑑みると、本件脱税行為は、単に申告納税制度をないがしろにした上、国庫に対し巨額の損害を与えるのみならず、国民の租税負担の均衡利益を著しく侵害する反社会的、反道徳的犯行であって、厳しく非難されるべきであり、その処罰に当たって、徒に寛刑をもって臨めば、反って法軽視の風潮を生み、誠実な納税申告者に対し、納税負担の不公平感を助長させ、納税意欲を失わせる虞れのある重大事犯であるところ、一方、被告人は、本件で検挙された後、進んで修正申告をし、所得税本税、重加算税、延滞金、これに付随する住民税等の総額約一四億六〇〇〇万円を既に納付ずみであること、被告人には前科前歴がなく、本件につき反省顕著なものがあり、税務当局の調査に対しては勿論、検察官の取調にも協力し、真相をありのままに告白していること、すでに歯科医院を廃業して、今後その分野での所得申告の不正問題は起こらないこと、本件の強制調査等によって受けた家族の心労と精神的打撃など被告人にとって酌むべき諸事情は認められるが、本件の重大性に照らすと、一般予防ないし租税法秩序維持の見地からも、被告人を執行猶予に付するのは相当でなく、実刑処断はやむをえないところであり、前記被告人に有利な情状を十分考慮して、主文のとおり刑を量定した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 森田富人)

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